仏典の漢訳―旧訳時代

 第二の時期を旧訳(くやく)とよぶ。これは鳩摩羅什(くまらじゅう)の時代から玄奘(げんじょう)[602-664]より前の訳を指す。この時代には、古訳時代の試行錯誤を経ておおよその訳経の方針が定まり、すぐれた翻訳が続々となされた。この時代に翻訳された経論に基づいて、中国仏教の骨格が定まるのである。この時代には多くの翻訳僧が活躍するが、なかでも注目されるのは鳩摩羅什と真諦(しんだい)[499-569]である。

 鳩摩羅什(クマーラジーヴァ。略して羅什)は西域の亀茲国(クチャ)の人。後秦の姚興(ようこう)に迎えられて、長安で訳経に従事した。羅什の翻訳は文学的にもすぐれ、『法華経』『維摩経』『阿弥陀経』『大品般若経』など、主要な大乗経典は彼の訳で普及し、今日でもそれが用いられている。また、『中論』『大智度論』など、大乗仏教の基礎となる論書、とくに龍樹系の空の思想を紹介したことは大きな影響を与えた。羅什と同時代には、『華厳経』(仏駄跋陀羅)、『涅槃経』(曇無讖)などの主要な大乗経典や、戒律、また各種の論書なども翻訳され、基本的な文献が出揃うことになった。

 真諦(パラマールタ)は西インドの人。海路、南方を回って梁(りょう)にいたった。この頃になると、ようやくインドとの直接的な交流が可能になった。真諦はとくに唯識如来蔵などの新しい理論仏教を紹介したという点で、大きな影響を与えた。『大乗起信論』は、彼の訳かどうか疑問も呈されているが、その如来蔵思想は、華厳宗禅宗などの中国的な仏教の形成に大きな役割を果たした。

(『日本仏教史―思想史としてのアプローチ』末木文美士/新潮社)